希望のかなた

カウリスマキの最新作が面白そうだと思っている。

 

2016年の夏に、アーティスト・イン・レジデンスで滞在した北欧の港町で、シリア人家族と白夜を見たことを思い出したから。

 

私はそれまで北欧にシリア難民がいるとは思いもしなかった。この国は三方を海に阻まれているし、陸続きでは遠いし、冬は寒いし、なにしろ途中にはドイツがある。難民の目指す地はドイツだと思っていた。が、彼らはいた。

 

海が見渡せる山の頂上で、奥さん持参のポップコーンを食べ、ホットコーヒーを飲み、まるで地元の人が迎えてくれたかのような歓待を受けた。実際、私が日本から来たことを知ると、家族の一人が「いらっしゃい!」と言った。

 

彼らに関しては、近くのキャンプ場で寝泊まりしているという事だけを聞いた。難民かどうかは知らない。白夜を見に来てるのだから野暮に思えて、詳しくは聞かなかったし、聞けなかった。

 

そんな山頂の時間は止まっているようで、なのに夜の太陽は海の上を横に移動していくし、ずっと日暮れのような、夜明けのような光の中で、時間の感覚も現実感もおかしくなってきたところで、話す事もなく少し遠目にシリア人の家族を眺めていたんだけど、それはただただ本当に、白夜を楽しんでいる穏やかな家族像だった。

 

私がシリア人と会うのはこれが初めてで、今のところ彼ら以外には会ったことがない。とてもチャーミングなご家族だったので、カウリスマキの映画は観に行きたいなと思っている。

 

ちなみに。

 

彼らがこちらに話しかける前、「日本人?あれ日本人?」と、しきりに確かめ合っていたのが聞こえてきて、お互いどう見ても異邦人だから誰でもいいじゃない!と、むず痒く思ったことも思い出した。

ペレックの『眠る男』を観に行きました

 ジョルジュ・ペレックの小説を映画化した『眠る男』を観に行きました。

【シネマ】『眠る男』 | Le Studio | HERMES - エルメス公式サイト



 ペレック自身も制作に関わっているよう。『ラ・ジュテ』みたいな、個人的にちょっと懐かしくなる雰囲気。はっきりとしたストーリーは描かれないのですが、モノクロームで写し出されるパリの風景や生活の場面は、それだけでも絵になります。原作が小説なのでモノローグも複雑、音作りもかなり凝っていたりするので、じっくりと繰り返し観るタイプの映画だと思います。



 ペレックの作品は『さまざまな空間』が好きなのですが、実はこれしか読んでいません。というのも、代表作としてよく挙がる『人生 使用法』や、eがまったく出てこない『煙滅』とか、まず実験的な作風の作家と言われるので、普通の態度ではとうてい読み切れそうにないハードな作品っぽくてなんとなく敬遠しており…。そもそも文章を読むのが遅いので、たぶん読み切れないのです。



 ですが『さまざまな空間』はエッセイと言われているくらい易しい読み口でサクサク読めます。易しいですが「空間」に対する遊戯的な考察はとても面白く、装丁も素敵な本なのです。

ところで、この本にはペレックの風変わりな癖が繰り返し出てくるのですが、この「身の回りの事を子細にリスト化してしまう癖」は映画にも出てきました。


 『さまざまな空間』の後書きを読むと分かるのですが、『眠る男』を撮影したのは『さまざまな空間』の執筆している頃で、その頃ペレックは精神科に通っており、医師によって彼の「リスト化する癖」について書かれています。そこには、ユダヤ人のペレックは両親と早くに死別していること(父は戦死、母はおそらくアウシュビッツのガス室で亡くなったとのこと)。その喪失感を埋めるように持ち前の驚異的な記憶力でありふれたもの、「並み以下のもの」を記憶していること。克明に記憶された場所についての膨大なリストは、逆に大きな喪失感をペレックの中に感じさせる、ということなどが書かれています。



 ただ、『眠る男』と小説『さまざまな空間』における喪失感は、それぞれの小説が書かれた間に経た時間によると思うんですが、質が変わっています。『さまざまな空間』の方は「書くこと」に対する万全の信頼感があって、空っぽは空っぽなりにそれを引き受ける術を得たという感じですが、『眠る男』の方は、すべて剥奪されて、他人の存在を引き受ける余地のなかった人間が、少しづつ息を吹き返してきている、これから生きる、みたいな終わり方で、『さまざまな空間』は『眠る男』の続きのように感じました。鑑賞前に『さまざまな空間』を読んでおいたので、比較ができて楽しかったです。

 映画『眠る男』と小説『さまざまな空間』は同じ時期に作られていたようなので繋がるのもたぶん偶然ではなく、映画制作は彼にとってはきっと一種のリハビリになったんじゃないかな、なんて想像をしました。
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