場に対する愛着

六本木にて行われていた展示が終了しました。

 

会場がお寺だったため、3日の会期中に作品の撤収と再設置が2回もあって慌ただしかったのですが、ほかの作家さんや来場者さんとゆっくりと話す時間も持て、自作について咀嚼したいことも得られました。

作品の見かたは千差万別ですが、想定している反応が感じられないのは、まだまだ鋭さが足りていないんでしょうね。

考えすぎは思考停止を招きますが、いまの感じは潤滑油、回ってきてるんじゃないかな、と思いたいところ。

たぶん、9月・10月と、大小さまざまなプレゼントをもらっていたようです。

これからしばらくは発表もお休みなので、いただいたプレゼントをひとつひとつ開けていって来年に備えたい。

 

 

面白いことがひとつ。

 

本堂のご本尊に向かって深々と頭を垂れて祈っている方を見ていたら、ご本尊の顔つきがみるみる変わったこと。

 

もちろんオカルトではなく、神聖な場で展示をすることに対して自分自身が萎縮していた。

その精神状態に気がついたようです。

見えていなかった自分を見せられ、どきりとしました。

 

自分もひとつ、搬出終わってお礼のご挨拶をしました。

やっぱり顔つきが柔らかくなる。今度は、ちゃんと見てますからね、と言ってるような微笑み。

 

場に対する愛着について、考えさせられる点がいくつか浮かびます。

ふり返りと取捨選択の雑感

さて、だいぶご無沙汰になっていました。気がついたら一年の半分も過ぎ。

ざっと振り返れば…。中之条関係で、群馬に再訪したり観る展示が充実して、待ち望んでいた映画の上映があり…を経て、AIRのためノルウェー滞在。帰国後に個展。その後、公募の実作展示と審査(結果は落選、だがいいきっかけをたくさん掴めた)。

やらなかった事を書き出せば、この十倍、百倍はあるんだろうが。

やった事リストより、もっとずっと充実してるんじゃないかと思う。

 

あまり振り返る余裕も持てず、ずっと走っていたような感じでしたが、この年も中間地点を過ぎて、すこし振り返らねばと思いブログに向かったという流れ。

ライフログに関して、日ごと・年間で見返せるものがないかと思ってアプリ関係を探していたのだけど、普段のメモ帳の使い方を少し変え、年間はエクセルでまとめればいい、という単純なことに気がついた。これなら毎日、毎年の作業とあまり変わりがない。

新しいアプリなんかをスマートに使いこなしてみたいけれど、記録として残したいものはシンプルなものに落ち着くな、と思う。それに、デジタルネイティブでないからか、手を動かす方が文章がまとまるような気もする。四角くなったり、横に流れたりする手書きの文字も、見ていて落ち着く。漢字がなかなか出てこなくなってるって問題はあるんだけどね。思い出す作業も、新鮮に感じていると脳トレやパズルのようだ。これを学生時代は毎日やっていたはず。今まで、どれだけ記憶のインアウトを放棄してたんだろう。

 

ラフやイメージスケッチ以外の描く、という作業。これは、たぶんやらなかったことリストのトップに入っている。

だけど、ときおり、リストの中間あたりのものが、やった事リストに入ってきたりする。

それはそれで、よかったと思う。

やりたいことがやったことにすべてなれば、非常に偏った事態になるので、これがきっと、ちょうどいいバランスなのかもしれない。

あの頃のみらいの技術

家からそこまで遠くないところに、3Dプリンタやスキャナ、レーザーカッターが使えるラボがあるのですが、その無料体験に行ってきました。

在英中は学割が使えたこともあり、比較的安価にラボを使えたのですが、日本の母校の機材はOBに解放されてないし(と言いながら意味ありげな視線を母校に送ります)、業者に注文するのもややおっくうに感じていたので、もっと自由に使えるところがあればなぁ…と思っていたら、あちこちでファブラボができたよ〜という話が聞こえはじめ。ですが、常に使う訳じゃないので、月額利用料は厳しいなと躊躇していたら、有り難いことに時間制で使わせてくれるところが近所にありました。

レーザーカッターはやっぱり使えると再認識したのと、まったく用途は思い付かないものの、3Dプリンタやスキャナがどのように動くのかを実際に見られて興味深かったです。特に、自分の姿がスキャンされてパソコンに転送されたときは、映画「トロン」を思わせる感じで、昔に思い描いていた未来の技術を目の前にしているようで不思議な気持ちになりました。

3Dプリンタは正直なところ、そのまま作品が出来るような精度じゃないのですが、すでに制作に取り入れている作家さんもいるし、ちょっとひねった使い方を思い付けば面白い事ができるのかも知れません。

A chance encounter

 英単語の Encounter(出会い) には、辞書によると Unexpected や Unplanned など、予定外という意味合いが含まれているらしいのだけど、 形容詞の Chance をつけて A chance encounter(あるいはEncounter by chance) と言うこともできるようです。びっくりするような出会いとか、奇遇とか、邂逅とか。



 もともと「予定外」の意味が含まれている言葉に、さらに「偶然」の意味がある言葉が重なっているので、日本語よりも強いイメージが含まれていそうです(想像ですけど)。



 なぜこんな事を調べていたかというと、日曜日に生まれて初めて大相撲を観戦しに行ったら、その日は偶然にも4年ぶりの天覧相撲の日だったんです。



 さらにこの日は白鳳が600勝を達成した日だったそうで、天覧相撲でもあり、おまけに久しぶりに着物で出かけたという、今から思い返してもお祭りのような一日でした。



 今年もまだ20日も過ぎていませんが、なんとも幸先がいい感じです。昨年末は立て続けに祖父母を見送り、落ち着かない日々が続いていたのですが、それを挽回するかのような A chance encounter な一日でした。もしかしたら、天国からの贈り物だったんでしょうか。もしそうであれば、他の家族・親族にも「偶然の出会い」が届いてくれるといいのですが。

いらっしゃいました、さおりちゃん

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 年末のお話です。

 関西をベースに版画家として活動している三嶋紗織さんが東京に来たので、久しぶりに同級生が集まりました。



 大学を卒業後も銅版画の制作を続けるのは本当に大変だと思うのですが、私の知る限り、銅版画を続けている唯一の同級生がさおりちゃんです。版画科の学生というのは男女関係なく、インクで黒く汚れた作業着を身にまとい、片手にはグラインダー、もう片方にはシンナー、顔には防毒マスクというすごい姿です。そして、その工房は銅くずが舞う工場のような環境で、そんな中でも彼女は詩や小説を書きながら独自の世界を表現していました。柔らかくて繊細な、暗い部分もある移ろいやすい世界感があったのですが、昨年の彼女の個展でもその世界は健在でした。



 そんなさおりちゃんのブログで私の個展を紹介してくれているのですが、そこに書かれている版画科の話を読んで、久しぶりに当時の事を思い出しました。



 版画科って絵画学科に比べると本当にちいさな学科で、私のように卒業後に現代美術畑の方に歩み出してしまうと、まず版画科の人間には出会わない。そのおかげか、私はいつまでたっても帰属意識があいまいなままです。



 面白いのは、まれに出会っても卒業校によって文化がずいぶん違うなーと感じることで、私も卒業以来銅版から離れてしまったせいもあるのかもしれませんが、技法とか、やり方の違いがあったりするんです。版画科というのは先生から直々に技法を教わる師弟関係みたいなものがあったので、そのせいでしょうか。



 私の大学には、どうも発明家気質みたいなものがあるようで、そのあたりでも独特さを感じる時があります。時々、新技法が開発されたという風の噂を耳にするのですが、そういった探究心を持った学科の気質が、同科の卒業生であるラーメンズのお二人や、版画にこだわらない作品制作をされている先輩方に反映されているような気がします。



 さて、そのさおりちゃん。この度お嫁さんになるという、とても嬉しいお知らせの上京でした。


 さらに今月12日まで東京でのグループ展に出品されるとのこと。関西、関東で着々と活動されていて、同級生として励まされます。





はじめ展

開催中〜1月12日まで

ギャラリー枝香庵


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